【ゲイ短編小説】かわいい後輩

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同じ授業をとった君

実を言うと、最初から彼のことが気になっていた。

自分は一目惚れとかしないタイプだと思っていたけど、話したこともない彼を教室で見かけた時から何か思うところがあった。こんな人と同じ授業をとったんだな…という気持ちと、コロナによって隔てられていた「後輩」を前にして背筋の伸びる思いが入り混じる感じ。僕にもやっと大学で後輩ができる…と息巻いたのをよく覚えている。

黒髪が清潔感あふれるミディアムな長さに切り上げられ、色白で僕よりも幾分か身長の高い彼は遠くからでも綺麗な顔立ちをしていることがわかる。

ただ綺麗ってわけじゃない。個人的に気になるタイプの綺麗さだ。

僕はそんな彼に徐々に惹かれていった。

彼の名前を池田くんとする。池田くんは僕より一つ下の大学2年生。そして僕が3年で、僕たちは2・3年生合わせて15人ほどの授業をとっている。学部は2人とも芸術学部で近くにいたはずなのに、この授業をとるまでお互いの存在を知らなかった。

それが悔しい。僕は1年もせずに卒業してしまうのだから、もっと早く彼に出会いたかった…。己の運命を呪う反面、ギリギリ彼と繋がりを持てて嬉しく思う自分もいる。彼と同級生だったらズッ友になってたのに…。

話がそれた。

おとなしい人が多いこの授業で初対面の人と仲良くなるのは至難の業で、僕も最初は彼とは一言も会話せず終わるものだとばかり思っていた。しかし、授業のグループが一緒になったことをきっかけに、僕たちは話すようになった。

「え、それってハムスター?」

最初に話しかけたのは僕の方だった。授業でのディスカッション中に、池田くんがレジュメの端に何やら可愛い小動物の落書きを描いていたのを見逃さなかった。

「あ、そうです…。すみません、変なもの描いてて」

「それめっちゃ可愛いね!なんか無駄にうまいし…もしかして芸術学部の人?」

そこで同じ学部であることが発覚し、彼はより恐縮しだした。僕に落書きを見られるのが恥かしかったのだろう。

彼のこういうところが魅力的だった。普通に考えてみんなが話し合いに参加しているのに1人ハムスターの絵を描いているなんて変わってるし、ちゃんと話し合いしろよって感じだ。そんな彼のはにかむ様子や、可愛らしい落書きを見て僕は仲良くできる!と確信を得た。

真っ直ぐな目で「似てますね」

それから授業のたびに僕たちは近くの席に座り、よく話すようになった。

彼の研究課題が行き詰まっていると聞けば、僕は授業そっちのけでアドバイスを与えることに腐心した。

「先輩の意見本当にありがたいです。周りの友達とは全然違うこと言ってくれるし」

「そう言ってもらえると嬉しい。ちゃんと役に立つかわからないけど」

「俺と先輩って似てますよね」

「えっ…あ、研究テーマとかね、確かに似てるかも…」

「コロナで先輩の知り合い1人も作れなかったんで嬉しいです。この授業とってよかった〜」

もうこの時の胸の切なさったらない。池田くんは真っ直ぐな目をして「俺と先輩って似てますよね」と言ってのけるのだ。彼の透き通った目に僕は、ただの先輩としてしか映っていないのだろう。でも、僕は…。

置き場のない気持ちを抱えながら彼とおしゃべりを続けると、池田くんはSNSに自作のイラストをアップしていると聞いたので、すぐさまアカウントを尋ねてフォローした。こんな自然に連絡先を交換できるなんて我ながら抜かりないな、と思う。

「先輩とインスタとか交換したの初めてです、嬉しい」

「僕も後輩と交換するの初めてだよ」

僕は、コロナが世界中で様々な恋愛の機会を奪い去っていったのだと思っていた。現にオンライン授業が続いていたら、こうして池田くんと知り合うこともなかっただろう。

しかし、そのブランクがあったからこその反動はきっとある。僕も池田くんも真意はどうあれ、失われた青春を取り戻そうと躍起になっていたのだ。

僕は彼に惹かれていたが、率直に後輩が欲しいとも思っていたし、彼は頼りになる先輩が欲しかった。(僕が頼りになるかどうかはさておき)ただそれだけのことだ。僕は彼にとっての理想の先輩でさえいれば良い。そう思いながら彼への気持ちをコントロールしていた。

先輩はツラいよ

日は刻々と進み、気づけば学期末が近づく。彼が取り組んでいた課題の締め切りがやってきて、僕の助言が役に立ったかどうかは不明だが、見事な成果を納めることができたらしい。教授陣に大ウケしたと池田くんは学食で嬉しそうに話してくれた。

「先輩のアドバイスがなかったら今頃どうなってたんだろうって思いますよ。やっぱ思考が似てるからうまくいったんですかね」

不意打ちに喰らう彼の甘い言葉に顔がニヤつきそうになる。本当に彼は危険だ。

「どうだろうね〜まあ、うまくいってよかったよ」

「これからもよろしくお願いします!」

池田くんがラーメンを啜って悪戯っぽく微笑む。僕の気持ちは、恐らくどんどん強くなるだろう。先輩ヅラだっていつまでやれるかわからない。

そう思うと、何も知らない目の前の男の頬をつねってやりたい衝動にひかれるのだ。

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