大学生活のはじまり
第一印象は、優しそうなイケメンだな、だった。
大学に入学したてのオリエンテーションは、ぎこちないなりに粛々と進んでいく。ふと、周囲を見渡せば既にいくつかのグループが出来上がっているではないか。
地方からやってきて知り合いが全くいない僕は、若干の焦りを感じながら配布されたレジュメに目を通す。友達なんてすぐにできるだろうと自分に言い聞かせて。
「筆記用具持ってますか?」
そう尋ねてきたのが隣の席に座っていた彼だった。背丈は自分と同じくらいで、華奢な体に端正な顔立ちで穏やかそうな雰囲気をまとっている。かっこいい…。
「あ、持ってますよ。ボールペンでいいですか」
オリエンテーションで筆記用具を忘れる人もいるのか…変なヤツ…、と思いつつペンを貸してから彼と少しずつ話すようになった。
彼の名前はレンくんで、互いに知り合いが全然いない事を知ると益々距離が近づいていく。彼と一緒に授業を受けた後に、学食に赴いてランチをとるようになって僕は初めて大学生してるなあと実感できたし、彼もそのようなことを言っていた。
憧れの大学生活はこうして幸先の良いスタートを切ったのだった。
テレビよりAMBIRD
さて、僕は大学のコミュニティだけでなく、同じセクシャリティの友達も作りたいと切望していた。何気ない恋バナの一つや二つを心から共有できる相手が欲しい…!あわよくば恋人も…!
その一心で僕は、一人暮らしのテレビを買うよりも早くAMBIRDをインストールした。(マジ)
この世にはマッチングアプリを入れただけで自動的に友達ができるという勘違いをしている愚か者は少なからず存在する。___僕だ。
僕はアプリを入れれば既に友達や恋人の半分はできたものだと思っていた。しかし、いざやってみると、プロフィールの設定やマッチングした数人とのメッセージだけで疲れてしまったのだ。これほどまでマッチングアプリの才能がない人はいるだろうか。
今日のピックアップ
そんなこんなで大学が忙しくなり、気づけば季節は冬に差し掛かっていた。大学の授業もたくさん受けて、書き散らかしたノートの山が高くなっていく。大学での友達は自然に増えて毎日が楽しかった。
レンくんとは相変わらず仲良くしている。出会って数ヶ月後に彼が韓国からの留学生であることを知り衝撃を受けたのも今となっては懐かしい。
「えっ、レンくんって韓国の人だったの!?」
「は?何言ってんの?今さら?韓国の話とかよくしてたじゃん」
「なんか…韓国がめっちゃ好きな人なんだと思ってた…」
その時の彼の呆れ顔ったらない。
よくもそれまで知らずにいたよな、と自分の鈍感さと彼の語学力には驚かされる。
僕はそれでもAMBIRDを続けていた。ふと思い出した時に、アプリを開いては閉じ開いては閉じを繰り返していた。そんなある日のことだ。
「今日のピックアップ」でランダムに表示される数人のユーザーを興味があるか否かで振り分けていく作業の中で突然、画面いっぱいに見慣れた顔が表示される。
サラサラしたアッシュカラーの髪に写真からでもわかる、その小顔さ。(その小ささは見る者を軽く落ち込ませるほどだ)ぱっちり開いた目にやや薄い唇は、どこから見ても大学で数百回と顔を合わせてきた、レンくんだった。
唾を飲む音が鮮明に聞こえる。脳がフリーズする代わりに心臓が活発になって僕は分かりやすく動揺した。それもそうだろう、知り合いがゲイアプリに表示されていれば誰だって驚く。とりわけいつも一緒にいる友達だったら尚更だ。
シンプルな驚きだけじゃない。同じゲイだと知って湧き上がる親近感や喜び、同じ土俵に立っている彼に対する劣等感や葛藤など、今までに味わったことのないような散らかった感覚に陥った。
散々迷った挙句に、僕はとりあえずアプリを閉じて見なかったことにした。あまりにも現実味がなくて白昼夢を見ているようだった。
感謝と嫉妬
しかし数日後、レンくんといつものように学食で昼食をとっていたときに彼がおもむろに尋ねてきた。
「AMBIRD、使ってるの?」
それはもう自然と出たセリフだった。「シャンプーは何を使ってるの?」と同じような調子で聞いてくるものだから、僕は咀嚼していたB定食を机にぶちまけそうになった。
目を丸くして彼を見つめる。
「いや、この前開いたら君が表示されたからさ…なんのことかわからなかったら気にしないで」
僕は心臓がバクバクになりながらも箸を机に置いて答えた。
「…使ってるよ、AMBIRD。レンくんも使ってたなんて1ミリも知らなかった…」と嘘も交えながら告白する。
「やっぱりそうなのかー、初めて知った時は驚いたよ(笑)」
そしてお互いにポツリポツリと今までに話してこなかったことを話した。同性に惹かれることや、それに付随する様々なエピソードなど、数ヶ月一緒にいたのに互いに知らない部分が膨大にあったことを思い知らされた。
大学でできた友達がまさかゲイだったなんて…僕たちは驚きつつもその出会いに感謝するようになる。
ちなみにレンくんは予想通り、そのルックスを欲しいままにして華麗なる恋愛遍歴を持っていた。僕はそんな彼の話が好きだったが、彼の存在が遠くに感じられるようで反対に寂しくもあった。今考えると嫉妬してたのだと思う。
3回目の出逢い
今まで以上にレンくんとは親しい間柄になりそうだと予感した僕だったが、残念なことに彼には兵役の義務があった。そう、大学を休学して韓国に帰らなくてはならないのである。
彼はそれをギリギリまで僕に話さなかった。元カレを乳首で絶頂に追いやった話は何回も聞かされていたのに、だ。
「ごめん…仲良くなればなるほど、なかなか切り出せなくて…」
どうして黙っていたのだと問い詰めるとレンくんは神妙な面持ちでこう言った。
彼も僕との別れを嘆いてる事実にちょっと嬉しくなるが、離れ離れになってしまうのは彼のせいではないのに、謝らせてしまったことに罪悪感を覚える。
彼だって今まで培ってきたペースを中断して兵役につくのは辛いに決まっているのに。
「こっちこそごめん…。1年半経てばまた日本に戻ってくるんだよね?」
1年半という言葉の重さを口にして、すぐに後悔した。20歳そこらの僕たちにとっては途方もない時間だと思ったから。
「うん、必ず。必ず復学するから、また一緒に遊ぼう。兵役の話とかも楽しみにしてくれていいよ」
「わかった。その時はこっちが先輩になってるから、ナメた口きいたら許さないからね(笑)」
「兵役帰りの俺に敵うんだったらそうして(笑)」
僕が笑ってレンくんも笑う。
いつもと同じ講義室の隅で、僕たちは3回目の出逢いを果たすことを約束した。1度目は入学式後のオリエンテーションで、2度目はAMBIRDで、3度目は1年半後に、このキャンパスで。
なんの根拠も自信もないけど、いつまでも彼を待てる気がした。