蜃気楼彼氏

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元カレとは何なのか

あなたは元カレと繋がっているだろうか。

過去の恋人に思いを馳せて色々な感情が湧き出るのはゲイもノンケも同じだ。

友人や家族でさえ知らない自分を一番近くで見て、この上なく愛し合った相手…。

僕たちは想像以上に元カレから影響を受けていて、彼らもまた僕たちの影響を受けて違う道を生きている。なんともドラマのある関係ではないだろうか。

僕には不思議と妙に忘れられない元カレがいる。今でも好きだとか、別れが特に悲しかったとかではない。

それはきっと、さよならを言えなかったからなのだと思う

大人の男は心地いい

数年前のことだ。僕はアプリで知り合った年上のアラサー男性といい雰囲気になっていた。

彼を一言で表すと理系。見た目だけじゃなく、実際そのような職についていた。そして背が高くスタイリッシュでカッコよかった。

僕たちは数駅分離れたお互いの家を行き来し、毎日のように連絡を取り合っていた。

何故そこまで仲良くなったかは覚えていない。よく考えたら当時、彼との年齢差は10歳に近かった。果たして共通の話題はあったのだろうかと今になって思う。そう言えばいつも似たような話しかしていなかったような…。まあよい。

そして彼は料理がうまかった。あの時作ってくれたのはなんだったっけ…。とにかくチーズたっぷりの何かを作ってくれたな、と彼とのエピソードを一つ一つ思い出す度に記憶が曖昧になっていることに気づいて虚しくなる。

彼は社会人で僕は学生。そんなシチュエーションも僕をときめかせていた一因だったと思う。ませた田舎の女子高生が車を持っている社会人に魅力を感じるのとほぼ一緒のロジックである。成熟した彼の知性、精神、経済力の前では、僕は安心して可愛い存在でいられた。

この心地よさを高校の時に社会人と付き合っていた智美さん(仮名)と語り合いたい。

そんな彼を、このような記事で紹介することになるなんて一体誰が想像できたであろうか。

永遠となる海外出張

きっかけは彼の海外出張だった。数週間ほどの出張だったが、途中から連絡が途絶えてしまったのだ。僕が外務省に問い合わせたくなるほど心配したことは言うまでも無いだろう。

「大丈夫?海外に行ってなんの連絡も送ってくれないから寂しいよ」

「メッセージに気づいたら返信ください」

「心配してるよ」

何回もメッセージを送り、電話だってかけた。あらゆる事故や事件のケースを想像しては居ても立っても居られない日が続いたが、1ヶ月以上経って僕が送ったメッセージに一斉に既読がついた。僕はそこでようやく自分が捨てられたことに気づいた。

彼はもう僕と会う気は無いのだ。悲しみよりも生きていてよかった…と安心感が勝ってしまった。本当にどこまでもお人好しな僕である。

しかしどう考えても彼が僕を嫌いになる理由が見当たらない。

僕は自尊心が高い自覚はあるが、それを抜きにしてもわからない。こんなに可愛くて健気で楽しくて聡明で素敵な恋人(もちろん僕のことだ)はなかなか見つけられないと思う。

何がいけなかったのか?と自問自答の日々が続いたが、恋愛においては「まさか」の事態はよくあるのだろうと自分なりに結論づけて区切りをつけた。

お互いに、さようならも言わないで。

突然の連絡、そして告白

しかしこの話には続きがある。それからさらに半年ほど経った頃だった。

「久しぶり。今まで連絡取れなくてごめんね」

___彼からだ。

まさに青天の霹靂だった。どうして今頃彼はメッセージを寄越したのか。

「実は今まで精神的に参っちゃって…とても返信できる状態じゃなかったんだ。心配かけて本当にごめん」

そういえば彼は以前から職場の人間関係に悩みを抱いていた。今更なんだコイツと一瞬思ったが、この告白は本当なのだろう。

「心配したよ〜、元気そうでよかった」

「ごめんごめん(笑)」

「てか日本に帰ってきてるなら会いたい!もう会えない?」

「ごめん、まだ人に会えるほど回復していないんだ…」

「そっか…。しょうがないよ、また元気になったら会おう」

人に会えぬほど心身を消耗してしまうとは一体…。僕の頭には潮時の二文字が浮かぶ。

それから何回かメッセージのやり取りをした後、再び沈黙が生じた。

僕はもう、メッセージを送ることはしなかった。彼に触れられなかった半年間はあまりにも長かったのだと痛感する。

彼からもメッセージが送られることはなかった。

連絡をくれずに風のように去った彼のことを嫌う機会を失った。喧嘩の一つでもして別れてたら不完全燃焼で終わらずに済んだのだろうか。

喧嘩別れでも自然消滅でもない相手側のリタイアによって終わった恋に、うまくさよならを言えないまま僕は新しい恋に向かうことになる。

こうして彼は蜃気楼の如く、美しくも儚く消える元カレとなったのだった。

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